星野富弘 詩画集「四季抄 風の旅」より
星野富弘 詩画集「四季抄 風の旅」より

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・さくら・

車椅子を押してもらって
桜の木の下まで行く
友人が枝を曲げると
私は満開の花の中に
埋ってしまった
湧きあってくる感動を
  おさえることができず
私は
口の周りに咲いていた
桜の花を
むしゃむしゃと
  食べてしまった

・くちなし・

真っ白い服を来て
しとやかで
あなたか来ると
部屋の中の人が うっとりする
看護婦さん あなたは
くちなしの花のような人です
私かいうと その人は
ひと声あげて とび出ていった
口の大きな看護婦さんだった

  









・しょうぶ・

黒い土に根を張り
どぶ水を吸って
なぜ きれいに咲けるのだろう
私は
大ぜいの人の愛の中にいて
なぜ みにくいことばかり
考えるのだろう

・はなきりん・

動ける人が
動かないでいるのには
 忍耐が必要だ
私のように 動けなものが
 動けないでいるのに
  忍耐など 必要だろうか
そう気づいた時
私の体をギリギリに縛りつけていた
忍耐という棘のはえた縄が
「ブッ」と解けたような 気がした

  









・なのはな・

私の首のように
茎が簡単に折れてしまった
しかし菜の花はそこから芽を出し
花を咲かせた
私もこの花と
同じ水を飲んでいる
同じ光を
 受けている
強い茎になろう

・さつき・

私の指の間に
さつきの花を
はさんでくれたっけね
それから君は
自分の義足のくつひもにも
同じ花をさして
言葉ではなかったけど
「頑張ろう」って言ったっけね
元気かい
あの時の赤い花が咲いているよ

  









・らん・

私の未熟な筆では
この花の千分の一の美しさも
描き出すことは出来ない
しかし私はこの花をいつまでも心に
留めておきたい
苦労して育てた花を
根本からスッパリ切って私にくれた
心の中に咲かせておきたい

・すかしゆり・

ブラインドのすき間からさし込む
朝の光の中で
二つめのつぼみが六つに割れた
静かに反り返ってゆく花びらの
神秘な光景を見ていたら
この花を描いてやろう などと
 高慢に感じた
「花に描かせてもらおう」
と思った

  









・ふきのとう・

国語辞典をひきながら
かいたてがみ
むずかしい漢字も
 おぼえてしまいました
今はもう
あなたを思い出すことも
   ありませんが
 あのころの文字はわすれません
蕗の薹 綺麗 薔薇
・・・そして憂鬱
おなたの心のように
 むずかしいつづりでした

・たんぽぽ・

いつだったか
きみたちが空をとんで行くのを見たよ
風に吹かれて
ただ一つのものを持って
旅する姿が
 うれしくてならなかったよ
人間にとってどうしても必要なものは
ただ一つ
私も余分なものを捨てれば
空がとべるような気がしたよ

  









・しおん・

ほんとうの ことなら
 多くの言葉は
     いらない
野の草が
  風にゆれるように
 小さなしぐさにも
輝きがある

・どくだみ・

おまえを大切に
摘んでゆく人がいた
臭いといわれ
きらわれ者のおまえだったけど
道の隅で
歩く人の足許を見上げ
ひっそりと生きていた
いつかおまえを必要とする人が
現れるのを待っていたかのように
おまえの花
白い十字架に似ていた

  









・ひなげし・

花が上を向いて
 咲いている
私は上を向いて
 ねている
あたりまえのことだけど
神様の深い愛を感じる

・てっせん・

花は自分の美しさを
知らないから
美しいのだろうか
知っているから
美しく咲けるのだろうか

  









・なしのはな・

椿の花は
 首のように落ちるという
桜の木の下には
 死体が埋まっているという
白百合はうめき声がすきで
 彼岸花は墓場に咲くという

花よ 美しいものたちよ
なぜいつも
おまえたちのそばに死があるのか
美しさと 人の命と
どうしてつながるのか

・まむしぐさ・

ひとたたきで折れてしまう
かよわい茎だから
神さまはそこに
毒蛇の模様をえがき
花をかまくびに似せて
折りに来る者の手より
護っている
やがて秋には
見かけの悪いこの草も
真紅の実を結ぶだろう

すべて 神さまのなさること
わたしも
この身を よろこんでいよう

  









・らん・

むらがって咲いていると
楽しそうで
ひとつひとつの花は
淋しい顔をしている
おまえも
 人間に似ているなあ

・きく・

からみ会うやつ
天にはいのぼろうとするやつ
あきらめてたれさがるやつ

花びらは
岸壁に打ちつける海の波
引きかえす距離が長いほど
力をたくわえる波の激しさ

  









・つばき・

役割を果たし
今まさに散ろうとしている花
そのとなりでは
  開きかけたつぼみ
ひと枝の椿も
大自然の縮図だ

・つばき・

木は自分で
動きまわることができない
神様に与えられた その場所で
精一杯枝を張り
許された高さまで
一生懸命 伸びようとしている
そんな木を
私は友達のように思っている

  









・ばら・

淡い花は
母の色をしている
弱さと悲しみが
   混じり合った
暖かな
母の色をしている

・きく・

母の手は
 菊の花に似ている
固く握りしめ
それでいてやわらかな
母の手は
 菊の花に似ている

  









・なずな・

神様がたった一度だけ
この腕を動かして下さるとしたら
母の肩をたたかせてもらおう
風に揺れる
ペンペン草の実を見ていたら
そんな日が
本当に来るような気がした

・さざんか・

ふと誰かが
見ているような気がして
車椅子をまわしすと
そこに
小さな花が咲いていた

  









・れんげつつじ・

いい日だ
つつじの花のむこうを
老人が歩いて行く
赤ん坊をおぶっている足どりも
軽やかだ
 右足 左足 右足 左足
あっ・ 片足で立った
おっ・ 半ひねり
すごいなぁ 人が歩くって
私も前は あんな見事な技を
こともなく 毎日やっていたのか

・けんぎょう・

わたしは傷を持っている
でも その傷のところから
あなたのやさしさがしみてくる

  









・むらさきつゆくさ・

二番目に言いたいことしか
人には言えない
一番言いたいことが
言えないもどかしさに絶えられないから
絵を書くのかも知れない
うたをうたうのかも知れない
それが言えるような気がして
人が恋しいのかも知れない

・つゆくさ・

草むしる母は
草にぐちをこぼしている
うれしいんだろうな きっと
生い茂った草も
それをむしれることも
泥だらけの手も 流れる汗も
限りなく ぐちは続くけど
うれしいんだろうな きっと
やわらかな土の上にもどれて

  









・がくあじさい・

結婚ゆび輪は いらないと いった
朝 顔を洗うとき
私の顔を きずつけないように
体を持ち上げるとき
私が痛くないように
結婚ゆび輪は いらないといった

今 レースのカーテンをつきぬけてくる
朝陽の中で
私の許に来たあなたが
洗面器から冷たい水をすくっている
その十本の指先から
金よりも 銀よりも
美しい雫ん゛落ちている

・あさがお・

一本の茎が
一本の棒を登って行く
棒の先は夏の空
私も あんなふうに登って行きたい

  









・ふうちょうそう・

よろこびは
束の間のこと
悲しみも また
明るさの中で見れば
ちっぽけな かたまり
朝の庭に
燃えつきた線香花火の
玉を見つけた

・やぶかんぞう・

いつか草が
 風に揺れるのを見て
弱さを思った
今日
 草が風に揺れるのを 見て
強さを知った

  









・ねこじゃらし・

思い出の向こう側から
一人の少年が走ってくる
あれは白い運動ぐつを
初めて買ってもらった日の
私かも知れない
白い布に草の汁を飛び散らせながら
あんたにも
 あんなにも嬉しそうに
今に向かって 走ってくる

・みょうが・

畑の草を一日中むしり
かいこに桑をくれ
夕方 ひょいっと出かけて みょうがをとり
それを売っては
弁当のおかずを買って来てくれたっけねえ
 いつも しょっぱい こぶのつくだ煮
花の咲いたやつは安くなるからと
花を抜いて売ったことも あったよね
もんぺと地下たぴの間は
蚊にさされた跡がいっぱいだった
かあちゃん
みょうがを食うとばかになるというけれど
おれは
思い出すことばかりです

  









・きんもくせい・

冬着に着替えた日
ほのかな やさしさが
私をつつんだ
それは樟脳のにおいだった
運動会を見に来てくれた母の
装った母が
きものの袖のにおいだった

・きく・

よろこびが集まったよりも
悲しみが集まった方が
しあわせに近いような気がする

強いものが集まったよりも
弱いものが集まった方が
真実に近いような気がする

しあわせが集まったよりも
ふしあわせが集まった方が
愛に近いような気がする

  









・つばき・

ひとつの花のために
いくつの葉が
冬を越したのだろう
冬の風に磨かれた
椿の葉が 輝いている
母のように
 輝いている

・たいさんぼく・

ひとは 空に向かって寝ている
寂しくて 空に向かい
疲れきって 空に向かい
勝利して 空に向かう

病気の時も
一日を終えて床につく時も
あなたが ひとを無限の空に向けるのは
永遠を見つめよと
いっているのでしょうか

ひとは
空に向かって寝ている
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